登った山々 | 金峰山 |
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4月7日夜9時30分、桜島フェリーに乗った。
目的はふたつ。
8日のマグマ駅伝に選手として参加すること、そして未知の山に登ること。
標高560mの引ノ平が、いよいよ私のものになる。
桜島がまた少しずつ、私のものになっていく。
湯之平展望所に立つたびに、あるいは鹿児島市内から眺めるたびに、行きたくてたまらなかったところだ。
今回も事前準備なしに登ることにした。
そのほうが感動がデカイのだ。
姶良カルデラをご存じない方はおられないと思うが、釈迦に説法、いちおう説明しておこう。
むか〜しむかし、何万年も昔、鹿児島県にとても大きな火山があった。
その火山が大きな噴火を何回も繰り返して、鹿児島県の大地にいっぱい降り積もった。
それがシラス台地と呼ばれる現在の鹿児島県の特徴ある地質を、作り上げていった。
(何万年も昔には、鹿児島県という名称はないですからね〜)
そんな説明を詳しくパネルで教えてくれるのが、湯之平展望所である。
まずは引ノ平の遠くからの画像を撮ろうと、その湯之平展望所へ向かった。
朝食の後のトイレも兼ねて。
ここから京都大学の火山観測所がよく見える。
ここへ続く道はまだ通ったことがない。
いつも柵がしてあるのだ。
次回にはそ〜っと登ってみよう。
インターネットを調べると、かなりの人がこの柵の向こうへ行っている。
展望所のパネルには、火山の歴史も説明してある。
大正の噴火など大きなものは、西と東、両側から溶岩が流れ出ている。
これもとても面白い現象だ。
湯之平展望所を離れ、いよいよ未知の道へ向かう。
柵がしてある。
車は通れないということだ。人は・・?
柵の脇からスルッと中に入ることができた。
しばらくは急坂をテクテクと登っていく。
道が割れている。が、気にするほどの事ではない。
それよりも目標の引ノ平が視界に入ってきた。
この道を進めば辿り着ける。ワクワク。
しばらく進むと整地された場所に出た。
湯之平展望所から見えるダムの続きであろう。
ここを登って確かめる時間が、今日はないのだ。
そそくさと次へ向かう。
南岳が目の前に迫ってきた。
朝から噴煙を上げている。
昭和火口はいま、ふたつの噴火口を持つ。
北側が白、南側が灰色の噴煙を上げているのだ。
振り返ると、鹿児島市がくっきりと見える。
いまから走るマグマ駅伝のコースも、見えている。
少し歩くと、土石流を止める為のダムが幾重にも設けられているのが見えてきた。
北岳山頂に登ったときにも感じたことだが、桜島の岩はもろい。
少しの雨でもぼろぼろと崩れていく。
だからこのダムも、あっという間に満杯になってしまうだろう。
心の中では桜島はいまのままの形でいて欲しいと思うが、現実は非情だ。
毎日、少しずつ崩れ落ちていく。
ここに立つと、身に沁みてそれがわかる。
ダムの一番上まで来た。
さあいよいよここからが楽しい時間だ。
アスファルトではないところを歩ける幸せよ。
ときどき溶岩に乗り損ねて足首をひねったり、灰に足を滑らせたり。
桜島を体で味わえるのだ、すぐそこに山頂を見ながら。
数十メートル登ると、退避壕があった。とても大きな作りだ。
たぶんここが、一番標高の高い退避壕であろう。
来た者にしかわからないのだが、この壕は実は鹿児島市から見えるのである。
退避壕を左に見ながら急坂を登っていった。
鹿児島からもよく見えているあの場所まで行きたかった。
息を弾ませながら辿り着いたそこには、巨大な岩がゴロゴロとあった。
まるで山を駆け下りるのを待っているかのように見えた。
もう少し上まで登れそうであることはわかったが、多分頂上までは行けないであろう。
ここから登るのは、あまりにも無謀である。
ふと振り返ると、朝日が引ノ平を照らし始めていた。
きょうは駅伝を走らずに、ここにいたい。
大きな岩が溝の中にいくつも転がっている。
雨が降れば、この岩たちが一気に土石流となって流れていく。
もしその流れの岸に立つことができたとしたら、この世のものとは思えないだろう。
悪魔の川とでも名付けたくなるに違いない。
右の写真に移ろう。これが今回一番見てもらいたかったところである。
大正溶岩の流れ出たところだ。
マグマ駅伝で走るあの溶岩原は、ここから始まっているのである。
いまは灰に埋もれ、何もなかったように静かにしている。
ダムの一番上の画像である。線が見える。
ここに引っかかった岩があると、防災の施設に知らされるようになっているようだ。
穏やかな時には桜島は優しい。
だがいったん牙をむくと、手がつけられない。
女性と一緒だ。あ、この表現はまずいかもしれない。
とても印象的な岩が、ポツンとあった。
大正溶岩のひとつなのか、南岳から飛んできたものなのか。
まあ、どちらでもいい。女性もそうだ、どちらでもいい。
気が強くても、そうでなくても。こちらでうまく受け止めるしかない。
写真左は、溶岩の流れ出た場所を南西側から見たところだ。
ここだけを見ていると、まるで別の星のような気がしてくる。
この砂が溜まる前には、どのくらいの深さがあったのだろうか。
きっと大きな口を開けていたに違いない。
写真右は、朝日の当たり始めた引ノ平である。
少しわかりづらいが、先出の岩が真ん中に見える。
さあいよいよ、頂に立つとしよう。
カヤのような植物をかき分けながら、またそれにとっかかりながら、進んだ。
引ノ平南側の2枚の画像だ。
鹿児島市内からは決して見えないところだ。
山の険しさが、ここにある。
この険しい岩肌から、恐ろしいほどの土石流が流れ出る。
その川が、かの有名な野尻川だ。
この地に立って、それが納得できた。
しつこいほどに言うが、桜島はとても怖い山である。
「土石流」 それは想像を絶して恐ろしい。
左は、引ノ平の頂上付近の、雨が削り取った地表の画像である。
灰が堆積してできた地層であることが、よくわかる。
層の厚さはどれくらいあるのだろう。
北岳に登るときにも、数メートルの地層が灰に覆われているのを目の当たりにした。
桜島から灰の地層をすべて取り払うと、まったく違う姿が現れるに違いない。
写真右は引ノ平の頂上の画像である。
とうとうこの地に立つことができた。
またひとつ、目標を達成することができたのだ。
引ノ平頂上は、たいらである。
ここから神瀬の白い灯台がよく見える。
その向こうには鹿児島市のビル群。
すごく近くに見えてしまう。
北側に目を移すと、湯之平展望所と京都大学の火山観測所が下に見える。
ここにも展望所があればいいのになと思う。
昭和火口から直線で2kmの地点である。
微妙な位置だ。
さあそろそろ帰路につくとしよう。
登るときに見た退避壕が、向こう側に見える。
降りる途中でも草に足をとられ、こけそうになりながら歩く。
いのししがほじくり返した後もある。
彼らはとてもたくましい。
ダムの上まで降りてきた。
ここから溶岩があそこまで流れていったのか。
とてもよくわかる画像だ。
長々と書いてきたが、登ったのはほんの何十分かである。
感動は大きかったが、所要時間は少なかった。
似たような画像をつなぎながら、よくこれだけ書いてきたものである。
ここはこっそり行かれることをお勧めする。
さすがに北岳山頂はお勧めしないが。
大正溶岩が流れ出た場所を見るだけでも、感動する。
桜島・・ そこは生きている地球を体で感じられるところである。
この地に住んでいる幸せを噛みしめながら、しめもんそ。
おわり