桜島撮影あれこれ

火口の活動再開後の桜島撮影について、あれこれと記録したページです。
桜島は大正3年の大爆発で大隅半島と陸続きになったことで有名です。
2006年から昭和火口の活動が再開しています。 (参照元 ウィキペディア

桜島撮影へ通うなかでの体験などを個人メモ的に書いたものです。
思いつくままに書いたので、内容やページ表示が不十分な点はご容赦ください。

  2 現在の桜島  3 昭和火口の噴火撮影  4 夜間撮影の注意点  5 撮影ポイント

  6 撮影機材など  7 火山活動の観察  8 噴火の実態

  2012年 桜島の活動予測

1 これまでの桜島

桜島の誕生

錦江湾北部は姶良カルデラが陥没してできた海です。直径約20kmの巨大な火口が火山活動により陥没したのが今から2万5千年前。その時に発生した火砕流堆積物が現在のシラス台地で、鹿児島県本土の大部分を覆っています。
姶良カルデラ南東部の桜島付近では2万2千年前から海底火山活動が起こり、1万1千年前には北岳が海上に姿を現したとされています。火山としては非常に新しい火山です。

大正の大爆発
大正3年に大きな爆発があり桜島は大隅半島と陸続きになりました。距離最大400m最深部100mの海峡を溶岩が埋めたのです。記念石碑には「住民ハ理論ニ信頼セス」と教訓が刻まれています。
この時に流出した溶岩量は約1.5立方キロ。ちなみに姶良カルデラの入戸火砕流は約200立方キロですから桁違いに巨大な噴火でした。

昭和期の活動
1946年(昭和21年)1月から溶岩を黒神地区と有村地区に流出させました。
1970年代から再び活動が活発になり噴石や火山灰の被害が拡大し、有村地区では旅館が噴石に直撃されたほか民家や農地への被害もあり集団移転した人たちもありました。

平成期の活動
1990年代に入り活動は穏やかになりましたが、2006年に昭和火口が活動を再開し、2010年の爆発回数は896回を数え観測史上過去最大を記録。
2011年はさらに記録を更新して988回を数えています。(12月28日現在) 次のページへ