何となく書いてみたSS置き場
ラグナロクオンライン
『雨』第一話
今にも降り出しそうな空の下、女は通い慣れた森の小道(と言っても獣道に毛が生えたような道だったが。。)を早足で歩いていた。 目指すは「港町アルベルタ」 女の出で立ちは極めて軽装。一見して冒険者に見えない程の軽装備だった。 剣士や騎士はともかく、聖職者や商人までもが厚い鎧を着、これ見よがしに派手な武器や盾を持ち歩くこの世界の住人してはかなり無防備に見えた。 ただ、ベルトに挿している2本の短剣は、見る者が見ればかなりの業物であると分かるのだが。。 女は暗殺を生業としていた。 この世界ではこういったイリーガルな職業が住民の間で認知されている。 まあ、「暗殺」と言っても、無差別に人を殺めたりはしない。 有害獣やモンスターを刈り取り、日々の糧と得る、まあ狩人みたいなものだった。 勿論暗殺者を名乗る以上、人を殺めた事も一人二人は。。。 相手はケダモノのような者達ばかりではあったが 『人を殺めた事には代り無い。』 女には妹が2人いる。 上の妹は「聖職者」下は「商人」 さすがに上の妹と話をするときはやはり本来の意味での自分が就いている職業について女は語ろうとはしなかった。 『優しい子だから』 無用な心配は掛けたくない。 森の街フェイヨンからアルベルタまで人の足で約2日半。 道中それと言って危険は無いはずだ。。。 南に延びる道はまっすぐアルベルタに延びているわけではなく、途中幾重にも枝分かれし、まるで迷路のような様相をしている。 おまけにじっとりと身体にまとわりついてくる木々や草木が放つ草いきれが方向感覚を迷わす。 『嫌いではない。少なくとも「首都」の乾いた雑踏よりは。。』 ここで迷うことは「死」に繋がる。。 凶暴なモンスターや野獣はいないとはいえ、女が知っている限り何人もの行方不明者がこの森の中で出ている。 この道を好きこのんで踏破しようとする人間は少なかった。 アルベルタに用向きのある人間は大抵、首都「プロンテラ」の南東にある海上都市「イズルート」からの定期連絡船を利用するためである・ それでも何人かの旅人とすれ違う。 アルベルタで仕入れをしたと思われる「商人」や、獲物を追う「ハンター」、首都の大聖堂に巡礼に向かう「聖職者」。 『物好きだな。』 通りすがりの騎士と思われる男に目礼しつつ、自分のことを棚に上げてそう思う女だった。 木々の間から覗く空は時間が経つごとに光を失っていく。 雨が降り出すのも時間の問題。 アルベルタの入り口にたどり着くまで後半日。出来れば雨が降る前にたどり着きたい。 突然、前方に男のさけび声と藪の中をかき分ける獣の足音。 長いローブを羽織った「魔術師」風の男が倒れている。 男の廻りには夥しい鮮血と獣の足跡。 男は事切れてはいなかった。ただ死神が彼の足首をがっちり握って、今にも『あちら側』に連れて行こうとしているのは明白であった。 のど笛に強烈な一撃。声帯が傷つけられて声が出ないようだ。 普通、重装備の出来ない魔術師といえど、最低でも胸から喉元にかけてはしっかりとした「胸当て」をしているものだが、この男の胸当ては喉の部分ごと噛みちぎられたようだった。。 手の施しようがなかった。 いくら高位の魔術師が放つ魔法が強力とはいえ呪文の詠唱が出来ねば一般人とかわらない。 男はこちらの姿に気づくと必死に何か訴えようとするのだが、声の代りに喉の傷から漏れる息と桃色の血の泡のみ。。 ゼンマイが切れる間際のオモチャの様に次第に力弱くなっていく唇を女は必死に読みとろうとするが、一つの単語読みとれたとき。。男は事切れる。 「オ・オ・カ・ミ・・」 『馬鹿な。。。』 俗に言われるほど狼は人を襲ったりしない。 無論こちらから手を出した場合は別ではあるが。 特に群れなす狼を相手にした場合、最後の一匹まで相手をしなければならない。 そのことをこの男は分かっていたのであろうか? いや。。 少なくともこの男は呪文の詠唱はしていない。 呪文が成立し攻撃するときの音を女は聞いてはいない。 『厄介な相手だ。。』 先ほどから女の斜め後ろの藪の中からこちらに向けて放たれる殺気は感じていた。 『出来れば見逃して貰いたい物だが。。。』 女が振り返りざまに2本の短剣を抜くのと、狼が飛び出して来るのはほぼ同時だった。 通常の狼の成体より、二回り以上大きい。 群れは作ってはいないようだ。文字通り「ローンウルフ」。 一撃目をなんとか短剣を振り払いつつしのぐ。 一度バックステップを踏んだ狼は距離を保ちつつ、こちらの隙をうかがっている。 隙を見せ一度でも致命的な一撃を貰うと、足下の骸と同じ運命をたどるだろう。 狼の目を見据えたまま、女はゆっくりとリストバンドに挟んだ小瓶を抜き取る。 「毒」である。 砂漠の都市「モロク」の闇市場で買い入れた「マンドラゴラ」の根から抽出した猛毒。 小瓶に入った量で、大型の獣の致死量には十分。 通常で有れば、この毒は得物に塗って使用するのだが。。 『そんな隙は貰えないらしい。。』 うなり声と共に飛びかかる狼の顔めがけ投げつける。 砕ける小瓶。 『よし。。』 と思った一瞬の隙を就かれたらしい。 狼の鉤爪が女の脇腹をえぐる。 『くっ。。』 次の攻撃は何とかかわすことが出来た。 小瓶の毒は狼の顔にかかり、口から体内に入ったようだった。 狼は咳き込むような毒をはき出すような仕草を見せるが、こちらへの警戒は忘れていない。 毒が廻ってくれればこちらに有利になる。。が。 『しまったな。。あの毒まみれの牙の一撃を貰ったら。。。』 浅はかと言えば浅はかな策であったが、狼はそれを反省させてくれる時間を与えてくれなかった。 狼の猛攻。 女もそれを捌きしのぎ、隙を見つけつつ二本の短剣を小気味良く突き入れる。 四半刻も一進一退の攻防が続いたであろうか。双方共にかなりの手傷を負っていた。 身体にまとわりつく様な湿気を帯びた空気が女の体力をも奪っていくようだった。 勿論狼の方も毒が身体を蝕んできたのか、先ほどまでの俊敏さは無くなって来ている。 『あと一撃』 女は初めて攻勢に出る。 左手の短剣を狼に投げつける。 狼はそれを避けるが。。。 短剣を投げたと同時に女は狼に向け走り込んでいた。 バックステップを踏んでかわそうとした狼だったが。。。 女が豹のごとく踏み込み右手の短剣を喉にツキ入れる方が早かった。 耳元で狼の咆哮と血しぶきが爆発する。 それでも狼は両腕の爪をもって女を切り裂こうとする。 この距離では避けようが無く数度太股や脇腹を切り裂かれ、灼熱のの様な痛みを感じた。それでも何とか致命傷だけは貰わずにすんだ。 女は渾身の力を込め短剣をえぐる。 狼の最後の咆哮は血煙と同時に発せられた。。 肩で息をしながらその場にへたり込んだ。 まさに魂魄尽きる思いではあったが、このままここにいると血の臭いを嗅ぎつけた獣が寄ってこないと言い切れない。 腰のポーチから血止めの薬草を取り出し塗り込み、赤い液体の回復薬を飲み干した。 最初に受けた脇腹の傷が一番出血が多かったが、何とか血は止まりそうだ。 『今、普通の狼が襲ってきたら確実に殺られるな。。。』 男の屍をそのままにしていくのは心苦しかったが一刻も早くアルベルタに就きたかった。 短剣を回収すると鉛が入ったかの様な重い足を引きずり歩き出す。 『あ。。雨。。か。。』 とうとう雨が降り出す。 狼との一戦を見定めた空が女を庇護する雨を降らす。 女が落とした血の後を雨が消してくれるであろう。 『まさに天佑。。』 いつもなら煩わしい雨がこの時の女には有り難かった。 あと半日の道程。 女、ネフィルは足を引きずり歩いて行くのだった。。 アルベルタで待っているであろう妹達に会いに行く為に。。 |