あひこそこ

 最近はあちこちに風車が立っている。
 ここは千貫平の近くの「アグリランド頴娃」。
 この日は梅雨が明けたばかりで、見晴らしがいまひとつよくなかった。
 天気のいい日には、薩摩半島南部が一望できる。
 お勧めの場所である。

 桜島が冠雪することはよくあるが、5合目までというのは滅多にない。
 錫山では50cmも積もった。
 写真は木材港から撮った。
 といっても、木材港がどこか知っている方は少ないだろう。
 「きたやま」の近くといえば、わかりやすいだろうか。
 雪は降らないほうがいい。
 情緒や風流を味わう前に、大変なことがいっぱい待っている。
 この日は2時間30分かけて、出社した。

 以前、特集で紹介したことのある甲突池である。
 甲突川の名前の由来はここにある。
 場所は入来峠の頂上付近。
 後ろには八重山を控える。
 近くには棚田もあり、見晴らしがいい。
 鹿児島市の宿泊施設もあり、バンガローにも泊まれる。
 ここで合宿をやったら楽しいだろうなあ。

 吹上町上和田にあるこの奇岩は、夜明かし岩とも呼ばれる夫婦岩だ。。
 旅人が月夜にここで野宿した。
 あまりによくできた岩なので、なぜできたかで話が弾み、夜を明かした。
 まあそれだけの、たいしたことではない名前の岩である。
 しかし、形は素晴らしい。
 この二人の表情はどうだ!
 近くに助代温泉もあることだし、観光資源になるのになあ。
 もったいない。

 屋久島にはまだ行ったことがないので、樹齢数千年の木は見ていない。
 だが樹齢千年の木なら、すぐ近くにある。
 その木があるのは、坊津町秋目。
 昔、まだ人口が多かった頃、秋目小学校があった。
 その学校への階段の途中で児童を見守っていたのだ。
 大きな木には魂が宿っているという。
 信じる信じないは自由であるが、敬虔(けいけん)な気持ちに、私はなる。
 人生は「たかが百年」である。
 だからこそ頑張って「されど百年」にしたいものだ。

 蔵多山である。
 鹿児島の全放送局の電波搭がここにある。
 南薩摩の放送は、ここから送られる。
 昔は木が生い茂っていなかったので、素晴らしい景色が見られた。
 片隅に設けられたコンクリート製のテーブルが、なんとも寂しい。
 ここからは枕崎・金峰山・野間岳・開聞岳・加世田・知覧・川辺・・
 といろいろな場所が見られる。
 忘れていた。目の前には長屋山だ。

 西ノ谷は、田上の北にある。
 川で言えば、新川の上流だ。
 ここにものすごく大きなダムが建設中である。
 8・6水害では、新川も氾濫した。
 そこで新川は底を深くした。
 上流にはこのダムである。
 以前のような豪雨が来ても、もう安心だ。
 鹿児島市は素晴らしい仕事をしている。

 多分、ほとんどの方はここをご存じないであろう。
 永吉町の奥に、戦没者の慰霊碑がある。
 その戦争は、ひとつではない。
 大東亜戦争、満州事変、支那事変、日露戦争・・
 その戦没者が祀ってある。
 我々のいまの平和は、先人の尊い命の犠牲の上に成り立っている。
 誰もがわかっていて、誰もが忘れている。
 「あひこそこ」を再開するに当たり、ここから始めたい。
 幸せはスルメのように、じっくりとかみしめたい。

 このコーナーは、野暮用の為しばらくお休みの状態であるが、
 とても気に入って頂いている方もあり、嬉しい限りである。
 もともとお茶濁しの企画だったので、意外であった。
 さて今回は特別に1回だけ、掲載する。またしばらくは野暮用が済むまでお休み。
 種子島からロケットが打ち上げられた。
 赤い炎まで見えて、感動の瞬間だった。
 今回打ち上げられたのは、軍事衛星である。
 地上の数十センチのものまで見分けられる。
 映画「天才アカデミー」は、もう現実のものになっている。

 沈む夕日がこよなく好きなのは、もうよく分かって頂いているだろう。
 亀ヶ丘である。
 東屋のある崖から600mほど離れた別の崖に、陣取った。
 海に沈む夕日とカップルを狙った一枚である。
 絵になる画像を撮ろうと思って。
 半分海に浸かった夕日は、ジュワッと音を立てた。

 あまり綺麗な画像を持っていない。
 頴娃町の大野岳である。
 車で頂上まで行けるし、何よりも景色もいい。
 マラソン大会には出たことはないが・・。
 標高は465m。

 島をふたつ続ける。
 野間池の北に位置するこの島は、米島。
 ここも行ってみたい。
 島は、いい。

 身近にあるのにまだ行ったことがない。
 沖秋目島(枇榔島)は、黒瀬の沖、もしくは秋目の沖にある。
 なかなか機会がないが、来年こそは。
 島は、いい。

 宮崎県小林市。
 惚れ惚れするほどの、立派な陰陽石である。
 45年以上前、ここは観光客で賑わっていた。
 食堂は長蛇の列。
 鯉料理が記憶の片隅にある。
 今は寂れて、訪れる人はまばらである。
 でもやり方次第では、全国からギャルを呼び寄せられる。
 立て!立つんだ、小林市。

 枕崎にも金山がある。
 その山の麓に、金山入口というバス停がある。
 そこを流れる花渡川に、面白い岩が広がっている。
 広角レンズでないと全体を撮れないので、その面白さを伝えることができないが、
 丸く穴が開いた岩など、見ていて飽きないものがいっぱいある。
 そういえば枕崎にはもう一箇所、岩戸金山という場所もある。

 大浦町と加世田市津貫の間にそびえる磯間嶽に、ほほえましい岩がある。
 人形岩と呼ばれるこの岩は、とてももろい。
 礫と呼ばれる小さな石が、砂や泥と固まって、礫岩になる。
 何百年後かには、この岩も違う形になっているのだろう。
 遠くかすかに見えるのは、長屋山。

 12月の桜島一周練習会は、何年もの歴史がある。
 この時が最後になってしまったが、とても楽しい練習会だった。
 私は前日夜に桜島に渡る。
 夜は中腹で車中泊。
 夜景がこのうえなく素晴らしい。
 簡易コンロで作るキムチラーメンが旨い。
 温かい焼酎が、幸せを運ぶ。
 あ、この写真は南岳を南から見たところ。

 坊津歴史資料館近くで撮った夕景。
 淡いピンクに染まるこの景色も、大好きである。
 夕焼け小焼けでまたあした。
 日曜日は、月曜日からの活力の為にある。
 どらよ、きばらんなら。

 万之瀬川から長屋山を見た風景である。
 万之瀬川をカヌーで下ったことがあるが、加世田市の川に注ぐ汚水の量に、びっくりした。
 長屋山は見晴らしのいい場所である。
 練習会でバイクのヒルクライムをやったことがあるが、心臓が飛び出るくらいに激しい坂がある。
 私の家の裏山である長屋山は、私を強くしてくれた素晴らしい場所でもある。

 むかしむかし、鹿児島交通は枕崎から伊集院まで鉄道を運営していた。
 今は石の橋脚だけが、その名残をとどめている。
 吹上30kmマラソンのコースから、この景色を見ることができる。

 各地に「立神」はある。
 これは野間池の立神。
 立派な岩である。
 これに限らず、絵になる岩や風景が多い土地である。
 「坊野間ユッタリング」というバイク練習会の昼食も、この地にした。
 居心地が良すぎて、みんな、なかなか腰を上げようとしなかった。

 大隅半島から見ても、開聞岳の容姿は素晴らしい。
 天候が良くなかったのが残念である。
 滅多に行くことのない大隅半島。
 また、山川・根占の大型フェリーが運航を始めた。
 行くなら真っ青な空を入れて撮りたい。

 昔、一本の松が生えている小さな島があった。
 潮が満ちると、家一軒分くらいの広さしかなくなる。
 大浦干拓の北側にその島はある。
 名は松島。
 地元の人は「まっちま」と呼ぶ。
 一度その松は枯れたが、地元の有志がまた新しい松を植えた。
 今年こそこの島で一晩過ごそうと思っていたのだが、機を逸した。
 来年こそ美しい星空を、ビール片手に楽しもう。

 大浦町越路の恵比寿様である。
 漁師は必ず、恵比寿様に航海の安全と大漁を祈願する。
 港に行けば、必ずどこかに恵比寿様が祀ってある。
 漁師は焼酎を飲む時、こう言う。
 「えべっさん!」

 泊湾沖の草島。
 昔、この近くに坊津町営のプールなどがあったが、長くは続かなかった。
 現在は自衛隊の通信基地がある。

 吉野から見ると、桜島北岳は山頂がふたつに分かれていることに気づく。
 左が1118m(もしくは1117m)の高さ。
 右側はそれより少し低い。
 それがこの岩だ。
 市内から見ると、垂直な崖に見える。
 桜島フェリーの航跡がわかる。

 笠沙恵比寿が、真ん中に鎮座している。
 野間池の俯瞰画像は、見ていて飽きない。
 岬、灯台、風車、漁船、島・・
 おむすびを食べながら見るこの景色は、最高である。

 ジンベエザメがこの海を泳いでいる。
 ここは笠沙町片浦。
 鹿児島市の水族館に、ここで網に入ったジンベエザメがよく送られる。
 ただし、今回のユウユウは開聞岳沖の定置網に入ったもので、ここのものではない。
 私がこれまでに目にしたものは、リュウグウノツカイ・インドガメ・マンボウ・オオウナギなど、数知れない。
 そうそう、私がダイオウイカのペアを素手で捕まえたのも、この海だ。

 大口には、小さい頃きっと行ったことがあるはずだが、記憶にはない。
 その後、曽木の滝を訪れたのは、40代になってからである。
 思っていたよりも小さな滝だった。
 発電所跡にも行ってみたが、水が多くて見つからなかった。
 細い道を鶴田ダムまで走ってみた。
 飛び込みたくなるほどの高さだった。

 言わずと知れた、亀ヶ丘である。
 練習で走り、写真撮影に行き、岩壁を登り、年末の夕日を拝み、隠れ念仏を探す。
 景色は最高。
 私の一番のお気に入りの場所である。
 甑島、紫尾山、霧島、桜島、開聞岳、金峰山、吹上浜、黒島・・・
 なんちゅわならんですがよ。

 亀割峠という名は、テレビの駅伝番組で知った。
 江夏という選手が、やたらと登り坂に強いという。
 車で初めて通った時には感動した。
 これが亀割峠か!
 坂の途中に上之段という場所がある。
 そこから見た景色がこれだ。

 吹上町ヤマンカン。
 面白い岩が連なっている。
 ここでは川遊びができる。
 青と緑が、たまらなくいい。

 高崎山とかいて、「こうざきやま」と読む。
 猿もいるこの地域の海岸は、明媚である。
 この岩も然り。
 この岬を境に、「えばざこ」の形が異なるのは面白い。
 西では紡錘型、東では扁平している。

 海からこの地を見ることは、滅多にない。
 夏の終わりの、情緒不安定な空だ。

 ひと目見てこの山を当てられる人は、そういないだろう。
 金峰山である。
 この貯水池は金峰ダム。
 いつも通る道の対岸から撮ったものだ。
 地図を見てみると、吹上に永吉ダム。
 松元に松元ダムと、連なっている。
 どのダムも、のんびりするにはいいところだ。

 東シナ海に面したこの街は、坊津町久志(くし)。
 歴史のある土地である。
 山の中腹には「穴ん婆さん」の住んでいた岩がある。
 京都からお寺の娘さんが霊元天皇の皇子の霊を慰めようと観音像を持って全国を回っていたが、
 薩摩は真宗禁制でこの地の岩穴に隠れて過ごし、ここで没してしまったという。
 坊津は歴史の好きな人にはお勧めの場所である。

 この角度からの画像は、インターネットでも見られないだろう。
 旧山川町にそびえ立つ、竹山である。
 標高は202m。
 地元のおじさんは登れるよと言ったが、私は登れないよと言っておこう。
 頂上には見たことのない古い蘇鉄が生えている。
 ぞくぞくする山である。お尻が。

 神ノ島という名前には、きっと由来があるのだろう。
 祠があると聞いたこともある。
 ぜひ一度いってみたい。
 それが奥に見える島だ。
 手前は立羽島。
 見る角度では、羽を立てたように見える。

 霧島川は、霧島町から隼人町へ流れる。
 現在はその川沿いに綺麗な道ができているが、しばらくはこの写真のあたりまでしかできていなかった。
 何年も工事が止まっていたのだ。
 交通量が少なく、好んで通った。
 上流には小さな水力発電所もある。
 とてものどかな、大好きな風景である。

 旧薩摩町の沈下橋である。
 今はこの橋はない。
 北薩水害で流され、新しい橋が掛けられた。
 この場所が大好きで、何度も訪れては写真を撮った。
 別に何ということもない風景なのだが。

 白黒写真ではない。
 れっきとしたカラーである。
 場所は野間岬。季節は冬。
 雲が光をさえぎると、一瞬にして色が消える。
 そしてまた陽が射すと、海は青さを取り戻す。
 写真を撮るということは、光を操るということである。
 偶然と必然が、交差する。

 かすんでいて残念だが、吹上浜である。
 第1回、第2回の吹上フルマラソンは、海浜公園発着で行なわれた。
 この写真1枚の中に、コースがすべて納まる。
 澄んだ日に、綺麗な写真を撮りたい。

 笠沙町小浦に松島という小さな島がある。
 ここから野間岳を見ると、左のような風景が見える。
 その野間岳に登って松島を見たのが下の写真。
 どちらも大好きな景色だ。

 たまにはこういう比較も面白い。

 山川港から今は無き大きなフェリーで、大隅半島へ渡った。
 種子島や馬毛島もかすかに見えた。
 開聞岳も端麗な姿で浮かんでいた。
 佐多岬は素晴らしい場所である。
 でも入場料を払わないと入れない。
 私有地なのだ。
 そんなん有り?
 おい、ただで見せろ!

 北薩水害の後は、風景が一変した。
 川内川もしかり。
 ここは菱刈町のダム。
 いつもならサラサラと流れる場所だが、右岸にはものすごい量の土砂が堆積していた。
 遠くに韓国岳が見える。

 運よく登ることができた桜島北岳。
 これ以後、思考に変化が生じた。
 しかし怖い目に遭ったなあ。
 とりあえずまだ生かされていることに、感謝する毎日である。

 今年登る予定だった新燃岳。
 もう二度と見られないのが、ここの火口跡のくぼみに溜った水のきれいな緑色である。
 噴火があと1年遅ければなあ。
 でも逆もある。
 桜島は昨年、記録的な噴火回数だった。
 私が北岳に登ったのはその前年。
 1年違えば、登れないところだった。

 秋目は鑑真が上陸した土地である。
 沖に浮かぶのは枇榔島(びろうじま)。
 沖秋目島ともいう。
 ここで昔々、40年以上昔、007の映画のロケがあった。
 夕日の美しい場所である。
 休日の夕暮れには、アベックが、もとい、カップルがよく訪れる。

 野間岬は美しさと悲しみの土地である。
 ルース台風という名前を知っている人は、どんどん少なくなっていく。
 大きな波が一瞬で街をのみこみ、多くの命を奪っていった。
 夕日が丘に碑が建てられている。
 いろいろな土地で、人々は悲しみを乗り越え、生きている。

 枕崎の立神。
 枕崎を象徴する岩である。
 この岩にはとても神々(こうごう)しいものを感じる。
 右奥に見えるのは硫黄島。
 高いものを見ると登りたくなる私も、この岩だけにはそれを感じない。
 枕崎という街をこの岩が見守っているような気がする。

 野間岳である。
 小さい頃、小用を足す時小窓を開けると、この山が見えた。
 いちばんの愛着がある。
 GOOGLEで「野間岳」と入力すると、私のページが一番に出てくるのには驚く。
 最初に書いたほうのページだ。
 「おむすびを持って」の野間岳のほうを、できれば見て欲しいのだが。
 書きたいことがありすぎるので、このスペースには書けない。

 金峰山を西側から見たところだ。
 金峰町は超早場米の産地である。
 名前は「金峰コシヒカリ」。
 吉野や武岡からも、そう、伊集院からもこの山は見える。
 絵になる山である。
 三つの峰を持つ山は、そう多くはない。
 今は亡き幼馴染のT君は、この山の名を私のあだ名に命名してくれた。

 開聞岳を撮るのにこのポイントは欠かせない。
 とても見慣れた景色ではあるが、なぜか撮りたくなる。
 昨年の梅雨明けのその日に撮ったもの。
 だからまだ雲が、頂上から離れきっていない。
 開聞岳はとても形が綺麗である。
 どこから見ても、非の打ちどころがない。
 この秋の登山開始はここから始めよう。
 頂上に着いてから、あちこち足を伸ばしてみたい。

 霧島は魅惑の山である。
 この画像は「今週の風景」の一番初めに使ったものである。
 今年のいちばんの目標だった「新燃岳」登山は、露と消えてしまったが・・
 きっといつか、霧島の素晴らしい景色をカメラに収めたいと思う。
 楽しみは先にとっておこうかな。

 坊津の泊地区から見た夕日。
 坊津には、「坊」と「泊」の地区がある。
 どっちが坊でどっちが泊か、未だに忘れてしまう。
 そんなことはどうでもいいのだ。
 ここの夕日は素晴らしい。
 東シナ海に輝きながら沈んでゆく。
 夕日は心がキュンとなる。
 それがたまらなく好きだ。
 人は一人で死んでゆく。

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