アンコール遺跡旅日記(その3)
[3日目]
朝4時モーニングコールで起床。
5時きっかりにB君が迎えに来た。辺りはまだ暗い。
シムリアップの町中は,朝食の屋台の準備で人々が動きはじめ,バイクが走りはじめている。中国南部でもそうだったが朝食はほとんど外食だそうだ。
B君が選んだサンライズを見る場所は,定番?のアンコールワット。
ワットの環濠を渡る参道周辺には,すでに多くの観光客が来ていた。ここにきて,このために持ってきた懐中電灯をホテルに置いたままだったことを思い出したが後のまつり。近くの人の照らす懐中電灯の光を頼りに,ワットの外壁を内側に入ったところで待機。薄暗く良く見えなかったが,この辺りが良い場所なのか観光客がたくさんおり,その後も次第に増えてきた。
3,40分ほど待ったところで,夜が白みはじめ前方にワット寺院の尖塔が現われた。日の出は6時過ぎ。次第に明るくなり時刻になったが太陽は現われない。
ワットの向こうは白い雲に覆われていた。昨夕のサンセットに続き,アンコール名物のワットの向こうから昇る朝日を今日も拝めず。
ネットでも危ぶまれていたけれど,やはり今の時期(雨季)はチャンスが少ないようだ。乾季の1,2月に出直してこよう。今回はテイサツ,偵察・・・。
ホテルに戻って朝食を済ませ,08:00改めて出発。
シムリアップから約40Km 北にあるバンティアイスレイ遺跡へ向かった。
距離があるので,短い日程で行けるかどうか気になったが,是非行ってみたいところであった。案内書には「道路事情が想像を超える悪路で車でも片道たっぷり2時間はかかる,バイタクでは絶対行かない方が良い・・」などとあった。
しかし,ここ1,2年の間に拡幅改良されたのか,バイタクも三輪も走っており道路は快適だった。一ヵ所だけ橋を修理中で,車を通すのにガイド君が施工者?に税金?を払っているのを目撃した。
40キロの中ほどで,プレラークという少数民族の村を抜けた。道路の左右にはヤシの大木の街路樹が大きな実をいくつも付けており,沿道の民家は高床式の二階建,ところどころ,旅行者向けかバナナを並べた無人販売所?らしきものがある。
B君の説明では,この村の主産物は砂糖であるという。何から砂糖を作るかというとヤシの実からである。そう言えば飲んだとき甘かった。村の外れにはサトウキビ畑ならぬヤシ畑というかヤシ林が広がっていた。
バンティアイスレイには,1時間足らずで着いた。
遺跡の前の広場は,既に大勢の観光客で賑わっている。
バンティアイスレイは,「女の砦」という意味のヒンズー教の寺院(967年 リージェントラヴェルマン2世建立)。規模はこれまで見た寺院に比べ大きくないが,赤色砂岩と赤い土で出来ており,全体の色彩が赤茶っぽいことと,「東洋のモナリザ」と言われ,かのフランスの作家マルローをも惑わせたデヴァター像があることもあって,他の遺跡と一味違った美術作品といった趣がある。
「東洋のモナリザ」は,中央神殿の嗣堂に刻まれた彫像のひとつであるが,ここにあるいくつかのデヴァター像は,いずれも同じ様に,穏やかでやさしい表情を見せている。中央部は荒廃を防ぐため立ち入り禁止となっており,近づいて観察することはできなかった。
2,3人のグループや団体,個人など観光客が多かった。半数は日本人だ。
来た道を引き返し,途中に散在する遺跡の中から,プレループ遺跡,スラスラン貯水池遺跡に立ち寄って見学し,午前は終わり。
昼食は土産物屋さんの2階のレストラン,先客に日本人の女の子2人がおり,ラーメン風を食べていたので,今日は麺かなと期待したが,お馴染みになったカンボジア定食だった。そして,結局またもやお土産を買うはめに。
昼から,これも楽しみにしていたトンレサップ湖へ,今度はシムリアップの町中からアンコールとは逆の南へ約10Km。
トンレサップ湖は,東南アジア最大の湖で,約2万人の水上生活者を養っている。ここに来る前,テレビの世界うるるんでヴェトナムの水上生活者を取り上げていたが,実際はどんなものか興味があった。ヴェトナムでは浮き草に土を乗せて浮き土にして畑まで作っていた。
シムリアップの町の南端のオールドマーケットを通り過ぎ,川沿いに南下して約20分,湖に近づいた。
両側が低地の川の土手のような,車1台通る狭い道が湖の中の方へ伸びている。湖に近づくにつれ道の両脇にしがみつくように建てられた小さな小屋が現われた。小屋といっても住居である。台風が来れば一たまりもなさそうな,喩えれば三匹の子ぶたの藁でできたような家(失礼!)であるが,聞くと,この辺りは雨は降るが台風のような暴風雨というのはないとのこと。それに何といっても熱帯だし。
その小さな家の一つでおばさん達2,3人が電線は来ていないのにテレビを見ていた。何しろほとんどの家は開けっぴろげで外から丸見えなのだ。昼寝をしているお父さんも何人か見かけた。ここに来る途中,自動車の中古バッテリーをたくさん並べて売っているところがあったけれど,なるほどテレビ用か,と納得。
通路右側の低地が畑地から湖面に変わり,その面積が次第に広くなり,さらに進んだところに,遊覧船乗り場があった。この辺り一帯は湖上と陸地を繋ぐ接点で,住民も多く,小っちゃい子から5,6歳ぐらいの子供たちが裸足で元気に走り回っている。我々を見ると,すぐに寄ってきた。
B君から連絡が来ていたらしく,早速,船頭の案内で屋根付きの遊覧船に案内された。アンコールと違って,ほとんど観光客の姿はない。
舳先に一人の少年が乗り,船頭は後部の運転席につき,B君と僕ら2人は座席に座って岸を離れた。後で聞いたところでは,この少年は船頭の子供かと思ったが,離岸・着岸のとき棹で舟を操るため船頭さんに雇われて仕事してるとこだった。いくつか聞くと,小さな声で9歳と答えた。
スタートしてまもなくの比較的陸に近いところに,プノンペン行きの快速船の乗り場があり,水路はプノンペンまで(6〜70Km)続いているらしい。
暫く行くと水上学校が(さすがに浮いているわけではなく,陸に接しており柱で固定されているが,床下は湖面。陸地に申し訳程度に運動場があり,子供たちが縄跳びを楽しんでいた),学校の隣には同様に湖上の診療所があった。
辺り一帯,湖の湾なのか河口?なのか,水路のような地形で,最初は左に,進むにつれて両側に,舟とも家とも筏ともつかない水上生活者の住居がたくさん浮かんでいた。住居ばかりではない,家畜の豚小屋もあるし,犬の姿もみえる。
左側の陸地に小舟が多数集まり,水際に人々がなにやらワイワイしているところがあった。水揚げされた魚のせり市が開かれているらしい。
多くの家は屋形舟風で,筏の上に家が建っているように見えるのは水上商店のようだった。観光客目当ての水上動物園とか,土産物店もある。
沖側へ向かう我々の舟の前後を住民がバイク代わりの小船で行き来する。
舳先に立って長い棹を操る老人もいるかと思えば,買い物を済ませ船外機を操って家路を急ぐ主婦,どこに行くのか兄弟らしい櫂を漕いでいる子ども二人の舟など,様々。湖水は,濁っており透明度はほとんどない,飛び込んで外から家の修理をしている人もおり,飲料も排水もこの大きな湖が文字どおり清濁併せ呑んでいる感じである。
舟は沖へ沖へ向かうが,水上村?を通り過ぎ,水上人家がまばらになった辺りから,水没した林のように半分水に浸かった樹木林帯があり,その外れになって漸く湖全体が見渡せるところへ出た。全体といっても向こう岸は全く見えない,東南アジア最大の湖を実感する。
沖では,漁船が2,3隻,漁をしていた。海には満ち干があり,潮時が漁に大きく左右するが,湖の場合どうなんだろうか。
B君によると,ヴェトナム人は漁がうまく,ここにもたくさん住み着いているという,行き交う舟のうち,独特のヴェトナムの傘をかぶった人たちを何人か見た。
帰り,1軒の水上土産物屋さんに寄る。筏を繋いで店先を広くしてある。
絹製品や写真集,民具,缶ジュースなどが町の土産屋さんほど広くないが置いてある。ここにはペリカンが放し飼いにしてあったほか,2メートル近いワニが檻に入れて展示してあった。こういう奴がいるとすれば泳ぐのは恐い。また,5,6歳のここの少女は肩から小型のニシキヘビを巻き付け,子猿と仲良く遊んでいた。
今は雨季で,湖の面積は乾季の4倍というから,乾期に比べ辺り一面水に浸かっているということだ。沖で見た“湖上の林”も乾季は地上なのかもしれない。
とすると,漁業を営む近辺の住民は陸地に家を持つと,乾季・雨季でその都度家を移動することになり,それではと舟を家にしてしまったということか………。
トンレサップ湖に別れを告げて,シムリアップに引き返した。
B君にオールドマーケットを見たいと言っていたので,町の南はずれのオールドマーケット入り口で15分間ですよと降ろしてくれた。
ここが中心地なのかと思えるほど,商店街というか繁華街というか,人通りも多く,商品は歩道に溢れて活気が感じられる。ここには銀行もある。
少し入った左の路地にInternetの看板があり「日本語OK」と書いてあった。留守宅に連絡をと思って,早速入って繋ぐもWEBメールのURLが文字化けして使えない,店員もいろいろやってくれるが結局ダメ,残り時間も少なかったのであきらめた。もう少し時間をかけて,ゆっくり見て回りたかったが,7時の飛行機に乗らなければならない。次の機会にとっておく。
夕食は,久方(といっても数日だが)ぶりに,日本食が用意されていた。トーフ・刺身・天ぷら・漬物・みそ汁がありがたい。ことにカンボジア料理に馴染めなかったカミさんが喜んだ。
5時半,空港。ガイドのB君とお別れ,ありがとうネ,頑張れよ!!
6時過ぎ,空港待合室の向こうの地平線に雲の合間から夕陽が沈むのが見えた。居合わせた旅行者みんなが見とれ,カメラのシャッターを切っていた。バケン山で見ることができなかったが,最後の空港でサンセットにお目にかかることができた。
かくして,アンコールを後にしてバンコックへ向かった。
翌日,タイのバンコックの旧王宮,アユタヤ世界遺産などを訪ねたが,こちらは写真を見ていただきたい。
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