ヴェネチア1泊2日
 


 
 

降 り 立 て ば 運 河

 12:20 イタリア国鉄でミラノから3時間,ヴェネチアのサンタ・ルチア駅に到着。
 ホームに降りて,駅の構内を抜けると,パッと視界が開け,さすがに夢に見た“水の都” すぐ目の前に運河があり,船が行き来し,対岸の建物の足下は運河の波に洗われている。降り立ったら運河という感じだ。 

 駅の近くの予約のホテルはすぐ見つかった。
 この時期(9月第一日曜)ヴェネチアでは,2月の仮装カーニバルに次ぐ夏のイベントである盛大なレガッタのほか国際映画祭があり, 観光客が集まる時期である。さすがのミラノ駐在M君もヴェネチアのホテルの予約は取れず,出発前,急遽旅行社に依頼したところ,運良く予約が取れた。
 ホテルのチェックインを済ませ,荷物を置いて,近くのレストランでスパゲテイーの昼食をとり,早速“水の都ヴェニス”の中心部へ。
 

ヴェネチア見てある記

 ヴェネチアは都市全体が標高0mのひとつの島のようなもので,ほぼ真ん中をS字型の大運河(幅50〜60m)が走り, この大運河から街中へ血管のように水路が延び, その先を,陸上の路地がつないでいる。
域内に車の通れる道路はなく,自家用車はモーターボート。
商店の仕入れも,建材なども全てトラック代わりの船による運搬である。
大運河は,大小の船,たまには大型クルーズ船も入ってきて,かなり混雑している。運河から中に入り込んだ水路は, 幅4〜6m,細身の観光用ゴンドラの間を 自家用モーターボートや水上タクシーが行き交い,結構,交通量は多い。
 
 サンタルチア駅の前から,24時間乗船券を買って,例のセルフ改札機を通し,水上バスで大運河を下って一路 サンマルコ広場を目指す。乗った水上バスも, 行き交う水上バスも観光客で満杯,人が写真の邪魔にならないよう船首に陣取った。
 かつて映画で見たそのままのシーンが,目の前にある。
 まさしく水の都だ。両岸の石造り・煉瓦造りの建物は何れも年季を感じさせる。どの建物も出窓の花がきれいだ。
 9世紀から15世紀にかけて栄えたヴェネチア共和国がそのまま残っている。
あれもこれも際限なく写真に収めたくなる。
 
 天気は快晴,日差しが強い。
 サンマルコに近い駅で水上バスを降り,有名なサンマルコ寺院前の広場に来た。船を下りたところから人が多かったが, サンマルコ広場の人間の多さ, まさしく世界有数の観光地である。
 世界中から,お金とヒマのある,あらゆる人種が集まっている。
人々を見ると北欧系・南欧系・東欧系白人,インド系,アフリカ系,東洋系,アラビア系,老若男女,そのファッションも様々。 人を眺めていても1日中飽きないかも。
 サンマルコ寺院を正面に,広場の両側にある屋外のテーブル・イスは人で埋まり,制服を着たブラスバンドのメンバーがが演奏をしている。 
何するでもなく日光浴をしている者,広場に座り込んでいる者もいる。
 入場料を払って,サンマルコ寺院の中に入る。中は照明が抑えられ,荘厳そのもの,写真撮影は禁止, 自然に話し声も小さくなる。
神聖な場所であり肩を露出した女性はやんわり入場を断られていた。
 
 この後,サンマルコ寺院に併設された高さ97mの大鐘楼に上り,上からヴェネチア全域を見渡した。 上から見渡すヴェネチアはレンガ色の屋根で埋まっている。
 次に,14〜15世紀に建てられ,ヴェネチアン・ゴシック建築を代表するという嘗ての総督官邸(政庁) を見学。ここでは,日本語の説明が聞ける トランシーバが置いてあり,パスポートを提示すると,有料で貸し出してくれる。
 大理石をふんだんに使った5階ほどの建築物で,天井や側壁に宗教画が描かれた会議室・大広間,中世の武器 (剣・甲冑・西洋弓・槍・兜・古式銃など) を陳列した展示室,また地下1階には牢獄が幾室もあり太い鉄格子に錠が掛かっている。
 ひと通り見て回った後,今度は入り組んだ路地の両側の商店街を覗いて歩く。みやげ物・食品・衣服など 観光客向けと生活用のお店が混在している。
 

ゴ ン ド ラ に 揺 ら れ て

 そうこうしているうちに,陽が傾いてきた。
 ヴェニスに来てゴンドラに乗らないことには一生後悔する。と言うわけでK氏がゴンドラの客引きと交渉するが, なかなかまけてくれない。 シーズン中とあって向こうも強気だ。
 どうにか3人,30分,10万リラで契約成立,縞シャツ・黒ズボンの制服?のお兄さんが竿で操る黒塗りのゴンドラ (なぜかゴンドラは全部黒塗り)に乗る。  映画の世界である。
 周辺にたくさんのゴンドラが客を乗せて行き来している。大運河から水路に入り込み,やや広い水路から 路地裏のような狭い水路へ,また, ゴンドラ同士すれ違い,カメラを向けあいながら,ゴンドラはゆったり進む。
 路地の橋から見るゴンドラも,ゴンドラから見上げる橋や周囲も,どこをとっても絵になる世界だ。 
 細い水路の交差点は,建物の陰になってお互い見えないので,交差点の手前に来るとお兄さんがクラクション 代わりに「ウオー」と声をかける。
路地によっては入り口に進入禁止の道路標識が掛けられているところもあり,独特のルールがあるのだろう。
 マルコ・ポーロの生家の前も通り,30分ではあったけれど,ベニスのゴンドラを満喫した。
 

大当たり?のレストラン

 この日,夕食はK君が出発前に聞いていたアルマスカロンというレストランに行くことにした。 地図を頼りに探し当てたその店は有名な店らしく店内は満杯, 予約なしのため入れず,オーナーが「姉妹店がこの先にあるから30分間ドリンクでも飲んで待ってろ」と言う。
その姉妹店で白ワインを飲みながら待っていると,次々に待ち客が送り込まれてきた。
 40分近く待って,オーナーが呼びに来た。一番奥の席に案内されると, そこには3人連れの東洋系女性の先客がおり,「こんばんわ」と声を掛けてきた。 「今晩は」と返す,一目で日本人だとバレている。向こうも日本人だった。
 その1人が「あなた方,運が良かったわね。ここ(の食事)は“当たり”だよ」と話かけてきた。 もう一人の年輩の女性が「ローマでもおいしい所に何軒か行ったけど, ここが一番よ」と言う。
 聞けば,K君は知っていたが,山本容子さんという今時有名な女流画家・版画家・評論家と, その一家(らしい)であった。
 我々の注文も山本さんに勧められて海鮮サラダ・スパゲティ・ハウスワインにした。 魚介類をふんだんに使ったサラダ・スパゲティが本当に美味しかった。 量もたっぷりで3人で平らげられなかった。
 山本さん一家は,女性誌ミセスに載るので見てねと言って,食事を終え帰っていった。 その前にK君がすかさず写真を頼んで, 店員にシャッターを押してもらい,みんなで写真に収まった。
 
この日,ホテルに帰り着いたのは 23:30,シャワーは明日の朝ということにして, ベッドにバタンキュー,イタリアでの初日,不自由な言葉でやり取りし,様々なものを見て,消化不良でやや疲れた。 この日の万歩計は13,856歩を示していた。
 

アカデミア美術館など(ヴェネチア翌日)

 06:00 起床,シャワーして,朝食。
 イタリアの食事は簡単というM君の奥さんの言うとおり,ジャムの入ったクロワッサン と牛乳・ジュース・コーヒーのみ。
 
 08:00 とりあえずチェックアウトを済ませ,荷物は預けて,再び水上バスで今日の目的地 アカデミア美術館へ向かう。
 ここにもテープで日本語の案内を聞く装置があった。説明は詳しく, ひとつの部屋でかなりの時間を要する。
昼にはヴェネチアを離れなければならない我々は,飛ばして次の部屋に行くが, そのため部屋とテープの説明ががなかなか合わなかった。
 展示してある絵画は,14〜15世紀のルネッサンス期の作品で,宗教画が主体。 この美術館自体12世紀に建てられ, 18世紀に改築された建物で,建物には当時の壁画・天井画が描かれていた。
 美術館に時間を掛けすぎたため,急いで昨日の路地商店街に行き, 記念の品を探す。あまり時間もなく, 2月のカーニバルのお面を土産に買った。
 
 ホテルに戻り,荷物を取ってサンタルチア駅に行ったのは,発車10分前。
駅にあるはずの弁当がなかなか見つからない。やっと買って列車に飛び乗ったのは, 発車寸前だった。

旅の途中のスナップ
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