帰 れ な い !! トラブル発生
 


 
 

お土産買ってない!!

 05:50 起床。身支度を済ませ,朝食を急ぎ,07:30 には昨夜K氏がホテルと交渉して予約してくれたタクシーに飛び乗ってマルペンサ空港へ。
 タクシーと言っても,黒塗りの普通の乗用車,何の表示もない。
 運ちゃんは,空港までのハイウエイを 140Km/hで走りながら,メモを拡げ携帯の番号を探し,電話して話をしながら,オー・ノーとばかりに 両手をハンドルから離してひろげたりしている。おおらかイタリア人である。
 空港へは予定より早く,08:20 には着いた。
 
 パリ行きの飛行機の出発は10:45。
搭乗手続きに時間がかかり,やっと終わったと思ったら,荷物を預けるためには10分後にもう一回来いと言う。荷物を預け, 搭乗エリアに入ったのは09:35になってしまった。
 しかも,慌てていたので入り口を間違え,再度,パスポートチェックを受ける羽目になり……そんなこんなで,時間を食い, いよいよおみやげを買う時間が無くなったが,急いで,出発ゲート途中のお土産売場に飛び込み,先ずはM君の奥さんが言っていたチョコを探し, とにかく,ほかに土産を買っていないので大量?に購入,売り子さんに笑われた。
 残ったリラを円に交換すると7,000円になった。
 10:30 ぎりぎりにA−1出発ゲートに走り込む。
 

航 空 券 が な い!!

 出発間際に慌てて走り込んだのに,なかなか搭乗案内がない。
 K氏が同じ便の日本人ツアーの添乗員に聞いてきたところによると,パリ・ドゴール空港が霧で離発着出来ないため, スタンバイしているとのことだった。
 パリで乗り換える予定の日本行きに間に合うのだろうか。
 K氏がエールフランスのスタッフに情報をとりにいったところでは,日本行き乗り継ぎ客が大勢いるので,待ってくれるはずだとのこと。
 しばらくして(11:30),やっと搭乗案内があった。
 だが,ここでひとつ問題が発生
 私の搭乗券に購入時の航空券が挟み込んでないのだ。搭乗券はすぐ出せるように胸ポケットに差し込んでいたのだが, 何かの拍子に航空券だけ落としたらしい。妻もK氏もちゃんと挟み込んで持っている。
 パリ空港でのチェックを経験していたので,ヤバイかなと思いつつも,順番が来て,搭乗券だけを出すと,案の定引っかかった。
 チェックの女の子がノーと言って通さない,すぐ,男の職員が来て,見つけろと言う,落としたらしいと言ったが, 探せバッグを見てみろと言ってる風なので,航空券の残りの綴りを見せ,3人一緒だと言うがダメ。
 困ったと思いながらも,次の乗換の「パリ→日本」の搭乗券を見せると,あった!!落としたはずの「航空券」 がこっちに入っているではないか。ふう……,胸をなで下ろし搭乗。
 乗れたのは良いが,今度はなかなか動く気配がない。日本行きが待っていてくれるのか,乗り継ぎ時間は1時間ほどの予定だった。 置いてきぼりか,不安がよぎる。置いてきぼりの時はどうなるのかな。
 
 12:10 滑走路へ動き始めたが,今度は滑走路でスタンバイ。
12:35 2時間遅れでやっと離陸した。
 

パリに置いてきぼり … ?

 パリまでのちょうど中間辺りで,眼下に残雪(万年雪か)が輝くアルプスの山並みが見えた。
 3人掛けの隣には,背の高い(190cm?)若い女の子が乗っており,妻がカタコトで話しかけると, この子はオランダ人で21歳,ミラノの友達の所へ遊びに行って,アムステルダムの親元へ帰るところだという。
 日本人は英語を何年学んでいるかと聞かれ,中・高校で6年は学ぶがほとんど話せない……などと話していたが, 「ほとんどの日本人は話かけてこない,話かけるあなたは良いほうだ」と言われ,喜んでいた。
 近くに外国人がいてもカタコト英語ではなかなか語りかける気にはならないが,我が家のかみさんは初めての ヨーロッパで30数年前に習った英語で語りかけ,コミュニケーションを取っている。大したものと言うべきか, この年齢層のご婦人方独特の心臓の強さか? 
 
13:50 パリ・ドゴール空港に着陸。一面霞んでいる。
 日本人客が多かったので楽観していたが,日本行きエール・フランス292便は既に飛び立っていた。パリ空港に向かっていた飛行機は全て 遅れたわけで,ドゴール空港には日本行きに乗り遅れた人が大勢いた。
ボードの案内を見ても,この日ほかに日本便はない。アジア便としてはソウル・シンガポール・北京のみ。
 エール・フランスが乗り遅れた人たちのために窓口を設け,残された人々の長い列が出来た。代替便交渉は英語の得意なK氏にお任せする。
自分一人だったらどうしていただろうか,カタコト程度の英語ではこういう時どう仕様もない,日本人が何組か不安げに固まっていた。
 窓口の交渉は1人当たりに約1時間かかり,行列は遅々として進まない。
 
 17:10 K氏の交渉がやっと終わった。結果は,明日の同じ時間の便,ホテルとホテル往復タクシー代はエール・フランス持ちと言うことになった。
 我々は3人だったが,1人だと空き席がとれて北京経由やシンガポール経由で今日の内に乗れる人もいたようだ。
 ただし,アジアでの乗り継ぎは荷物が行方不明になったり,次の乗り継ぎが予定通り行かなかったりすることもあると後で聞いた。
 それを考えると,当日便に無理して乗り込んで結果的に1日延びになったりするより翌日便が正解だったのかも。 
 ミラノで預けた旅行バッグは,持ち歩く訳にもいかず,そのまま明日の便に切り替えてもらったが,こういうことは想定していなかったので, 着替え・歯磨き・ひげ剃りなどほとんど全てバッグにしまい込んで預けてある。しかも着ているのは薄い半袖シャツ。文字通り“着の身着のまま”になった。
 空港内で今度はリラから換えた7,000円をフランに両替,金を使う予定はないが,チップの必要がある。
 タクシー乗り場でエールフランスのチケットを示し,指定の“ホテル”へ,予定外のフランス国内へ踏み出す,EU圏内のためパスポートチェックはなし。
 エールフランス指定のホテルだから,パリ市内の一流ホテル?を予想していたが,指定のホテルは空港から車で約30分,パリから約1時間の, 郊外の車旅行者のためのモーターホテルだった。
 あてがわれた部屋は,1室に大人2人子供3人分のベッドが置いてあり,狭いバストイレの,ほんとに泊まるだけの施設である。
 このホテルに同じ仲間が何組か送り込まれてきているようだった。
 
 夕食後,シャワーして, 23:40 わが家に電話,空港で換えたフランが役立った。日本時間で早朝 6:40頃のはず,末娘が出た。 帰りが1日伸びること,私の職場と妻のバイト先に電話をするように頼む。この日の歩数5,129歩。
 

帰  国

 07:20 起床。外は小雨,薄着なので,やや寒い。
 日本行きは午後1時,午前中時間があるので折角だからパリまでタクシーで行ってみようとのK氏の提案で,ホテルの主人に聞くと, 「パリまでは,この時間帯だと1時間半かかり,タクシーもこの辺りにはいない」とのことで,凱旋門やエッフェル塔も見たかったがあきらめる。
 09:30 タクシーがいないので,ホテルの主人が空港まで送るという,もう一人ひげの日本人と相乗りで空港へ送ってもらった。 このビジネスマン風の日本人は,10日後再びヨーロッパ出張だと言っていた。

 パリ・ドゴール空港には,欧州国際版の日経新聞が売っており,暇つぶしに久しぶりに日本の新聞を読む。
 12:50 搭乗,やや待たされ,日本(関空)行きエールフランスは14:20離陸。
 
来るときと逆のコースをたどり,所要時間約12時間,ロシア上空を飛んで日本へ。目の前のディスプレイで飛行位置を見たり, 電話回線を使って人が瞬時に移動する映画「マトリックス」を見たり,眠ったり,長ーい 12時間を過ごし,02:10(日本時間09:10)関西国際空港に着陸
 関西空港は,昨日は台風16号で一時閉鎖するほど荒れていたらしい。
昨日着いたとしてもトラブルはあったわけだ。今日はスムーズにいき,何が幸いするかわからない。

 13:20 鹿児島空港着。初心者マークの長女が迎えに来てくれた。
 北イタリアの旅は終わった。長いようで短い1週間だった。
 全てに面倒をかけた同行のKさん,ミラノのMさん,本当にお世話になりました。今度は天文館で飲もう。 

後  日  談

 時差ボケか,長時間の飛行機の疲れか,フランスで小雨に濡れたのが悪かったのか,帰国後,扁桃腺炎と風邪気味が2週間ほど続いた。
 顔の具合もいまいちと言ったところ。

 撮ったフイルムは10本,帰って次の土曜日,運良く隣町に大型ディスカウントカメラ店が開店,開店セールの特別価格で現像することが出来た。
 1ヶ月半後請求された,旅行で使ったカードの請求額は,円高がさらに進み,現地でのその時の現金購入に比べ約80%程度になった。
円高傾向の時はカードが有利だ。
 しかし,カードは支払いの際,カードの情報を与えることになり,ホテルや店の使用人がその気になれば,その情報で, 偽造カードを作ることが出来るらしい。また,買い物の時受け取ったカードの伝票を不用意に捨てると, これも偽造のもとになるという。用心!! 用心!!
 イタリア行きを思い立ってから,約1年,ヨーロッパは遠い未知(?)の国というイメージもあって,正味4日間の旅行を, 随分大変なことのように考えていたが,行ってみると何と言うことはない,気軽に行けて気軽に帰ってこれるということが分かった。

 さーて,次は何処にしようかナ ??? 皆さんも出かけてみませんか。
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